第18回― 八女茶発祥の地


横町町家交流館のある八女福島地区は、江戸時代からの白壁の町並みが残る「伝統的建造物群保存地区」です。この地区を含む八女市を代表する名産品の一つとして八女茶が挙げられますが、八女茶の起源について知っている人はどれくらいいるでしょうか。
今回は八女茶発祥の地とされている「霊厳寺」についてご紹介していきます。
『八女茶始まりの地、霊厳寺』 ■学僧・栄林周瑞(えいりんしゅうずい)がもたらしたもの現在八女市には茶農家が約2200戸にも上り、2024年産の生産量は約1650トンと、全国5位の生産量を維持しています。その高い技術力から、24、25年の全国茶品評会では玉露が農林水産大臣賞を受賞し、24年にイギリスで開かれた国際茶アワードでも最優秀賞に輝くなど数多くの実績をもたらしました。今では海外にも広がっている八女茶ですが、その発祥の地は八女市黒木の深い山あいの古刹(こさつ)・霊厳寺といわれています。

霊厳寺は、明国であった中国の蘇州の名高い寺である霊厳寺に修行のため留学していた栄林周瑞禅師によって建てられました。明国からの帰国後、各地を行脚していた栄林周瑞は、偶然八女市を通りかかった際、修行していた霊厳寺と黒木の景観が非常に似ていたということで1423(応永30)年八女市黒木に寺院を創建し、ゆかりのある霊厳寺と命名したとされています。
その際中国持ち帰っていたお茶の種を寺領で栽培製茶し、当時は薬用として檀家(だんか)の人々に恵与されていました。その後当時の役人であった松尾太郎五郎久家に栽培方法と製茶技術を伝授し、これが八女茶の始まりとされて、八女茶発祥の地として霊厳寺が知られるようになりました。
■山中にそびえる奇岩たち深い山に囲まれた霊厳寺には、かつて人々の修験道場であった小高い裏山があり、信仰のよりどころとなっていました。境内には正規型宝篋印塔(ほうきょういんとう)と呼ばれる石塔があり、1337(南朝;延元2、北朝;建武4)年から92(南朝;元中9,北朝;明徳3)年当時の朝廷の情報収集に従事する者たちの拠点としても使用されていたとされています。その他にも日本三大奇岩の一つに数えられ県指定の天然記念物である、高さ12m、直径4mの空に向かって直立する珍宝岩(男岩)をはじめ、女岩や仲人岩、禅師が座禅をしたとされる座禅岩など迫力ある壮大な奇岩が寺の裏山に点在しています。これらの岩は安山岩質の集塊岩と凝灰岩が雨風により浸食される過程で特徴的な奇岩を構成したものと考えられています。

霊厳寺は男岩や女岩といった名称であることから、縁結びや安産、子育てのご利益があるとされ、多くの参拝者が訪れています。また、裏山の山頂には約40年前にヘリコプターでつり下げて運んだという禅師の像が鎮座しています。当館からは車で約35分の距離にあります。ぜひ八女茶発祥の歴史と大自然の恵みを感じてみては。
■次回予告次回は、八女市の伝統的な工芸品である箱雛についてご紹介します。





