第22回― 静寂が生み出す神秘的な神社


横町町家交流館のある八女福島地区は、江戸時代からの白壁の町並みが残る「伝統的建造物群保存地区」です。ここから東に25キロほど離れた星野村の高台にひっそりと室山熊野神社がたたずんでいます。境内には樹齢500年以上を超えた大杉の御神木が2本あり、荘厳な雰囲気を醸し出しています。
今回は八女市内のパワースポットの一つ、室山熊野神社をご紹介します。
『八女を代表するパワースポット』 ■室山熊野神社の由来福岡県の山間部に位置し、星がきれいに見える星野村。その中心部から車で5分ほどの権現山の麓に室山熊野神社は静かに鎮座しています。室山熊野神社は1226(嘉禄2)年に、領主として約360年星野村を治めていた星野氏の始祖である胤実(たねざね)という人物が星野一族の繁栄と当時の領民の幸福を祈願し建てられました。現在の和歌山県を中心に連なる熊野三山にまつられている神々を分霊し、星野村に移しまつったといわれています。1477(文明9)年と1607(慶長12)年に2度焼失し、1699(元禄12)年に再建され現在に至っています。

周囲を木々で覆われた本殿までの参道は、365段の石段でつくられており、神秘的な空間に包まれています。石段を登り切ると、樹齢500年を超え、福岡県の天然記念物の指定を受けた2本の御神木「室山の大杉」が本殿を守るかのようにまっすぐりんとそびえ立っています。境内周辺は鳥のさえずりといった自然が奏でる音しか聞こえず、巨木や本殿が作る空気は重厚で、非常に神秘的な場所です。また、本殿の下には「けほぎ岩」と呼ばれる巨大な岩のトンネルがあります。この巨岩をくぐり抜けた先には、明治時代まで建っていた岩念寺の跡地が残っており、まるで別世界に迷い込んだような錯覚を覚えます。
■18代までに続く星野家の始まり胤実は鎌倉時代初期に京都で生まれ、1226(嘉永2)年に九州に下向したことで星野一族の礎を築いたと伝えられています。胤実は、鎌倉時代に朝廷で決まったことを天皇に報告する、議奏(ぎそう)という上位公職を担当していた徳大寺実定の子であり、名家出身といわれています。胤実は当時筑後の有力武士であった黒木家と代々親交があり、黒木大蔵大輔源助能の養子に近いかたちで現在の星野村一帯を相続。ここから星野一族が始まり、18代まで続く歴史が紡がれました。
特に胤実の晩年期には、星野一族の基盤整備に大きく関与したと考えられており、星野村を継いだ際、星野氏の館を構え、同館を中心とした領地経営固めに尽力していました。 室山熊野神社は当館から車で40分ほどの所に位置しています。胤実が一族の繁栄、そして領民のことを思って建てた室山熊野神社は、町中から離れた高台にあるので、人のいない静かな、しかし厳かでどこか張り詰めたような雰囲気を醸し出しています。また、近くには「船着き岩」と呼ばれる、神々の乗り物の「天の浮き船」が権現山に飛来し、船着き岩につながれているという伝説が残る巨岩も見られます。ぜひ星野村のロマンやパワーを感じに来てみてください。

次回は、八女茶の名付け親「許斐久吉」についてご紹介します。





