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第25回― 八女に出現した安倍晴明

「画像提供:八女市」

火事を防いだ陰陽師の逸話――

 横町町家交流館のある八女福島地区は、江戸時代からの白壁の町並みが残る「伝統的建造物群保存地区」です。この八女市に、平安時代最強の陰陽師(おんみょうじ)とうたわれた安倍晴明が訪れたと伝えられる話を、どれほどの人が知っているでしょうか。

 今回は安倍晴明が八女に現れ、そこで起こした逸話を紹介します。

『今も祭られている安倍晴明』

■火よけと五穀豊穣を祈って

  921(延喜21)年に現在の大阪市周辺で生まれたとされる安倍晴明は、960(天徳4)年40歳の時、朝廷の機関で天文、暦などを管理・作成する務めを果たす陰陽寮に所属。961(応和元)年以降、陰陽師として星や月の動きで災害を判断するほか、霊を鎮める祈とうもしていました。

 こうして主に朝廷が置かれた京都を中心に活躍した安倍晴明ですが、安倍晴明を祭った石碑である「伝・安倍晴明塔」が八女市に建てられています。この塔は八女市黒木町北木屋の山あいにあり、200メートルほどの道中には五芒(ごぼう)星が刻まれた石塔も置かれています。五芒星は、この世が「木・火・土・金・水」と「陰・陽」の要素で成り立つという陰陽五行思想を表しています。魔よけの呪符に使われることもありますが、この地ではおそらく「結界の入り口」を示すために置かれていると考えられています。

 この五芒星の石塔の先、数段の石段を上がると標高150メートルほどの山頂に、高さ約70センチの、墓や供養の際に使われる仏塔の一種の石造宝篋(ほうきょう)印塔が静かに存在しています。これが「伝・安倍晴明塔」と呼ばれている石塔で、毎年社日をもうけ、安倍晴明ののぼりを石段の左右に立て、塔前に供物を供えて火よけと五穀豊穣(ほうじょう)を祈っているそうです。

■安倍晴明が防いだ大火事

  現在「伝・安倍晴明塔」で八女の山頂に祭られている安倍晴明ですが、なぜこの地に祭られているのか。とある伝承によると「昔安倍晴明という人が修行のため全国をまわっていた際、北木屋周辺の農家に泊まった。その近くで火事が発生し、大火事になったため、安倍晴明は“水の護符”を持って山に登り、山頂に埋めて鎮火を祈った。すると大火事は収まり、周辺地区は守られた」そうです。その逸話が残り、塔が建てられ、「伝・安倍晴明塔」と名付けられたといわれています。

「画像提供:八女市」

 しかし実際には江戸時代に、平安時代から続いていた安倍晴明一派の1人が布教行脚で八女を訪れた話が、安倍晴明に変わり、逸話が生まれと考えられています。石塔は、陰陽五行思想にとって重要な要素である「火よけ」と「五穀」を願うために建てられた。そこに陰陽師安倍晴明一派の1人が訪れたことで「陰陽」の部分でつながり、祭られたのではないでしょうか。確実な史料がないため、あくまで伝承による逸話ですが、今も続く地元の人たちの信仰を見て取ることができます。

 「伝・安倍晴明塔」は当館から車で25分の場所にあり、八女市の指定有形民俗文化財にも登録されています。安倍晴明ゆかりの地として、ここでしか味わえないロマンやパワーを体感しに来てみてください。

■次回予告

 次回は、黒木町の国道442号線沿いにある素盞嗚(すさのお)神社とその境内に広がる「黒木の大藤」についてご紹介します。

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