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第31回― 2体の仁王像が出迎える谷川寺

仏と寺を守り続ける金剛力士――

 横町町家交流館のある八女福島地区は、江戸時代からの白壁の町並みが残る「伝統的建造物群保存地区」です。この地区から5キロほど離れ、九州における「梅の三名園」の一つである谷川梅林のほど近くに、緑に囲まれ静かにたたずむ古刹(こさつ)谷川寺(こくせんじ)があります。奈良時代の創建とされるこの寺は、長い年月にわたり、人々の祈りの場となってきました。

 今回は古代の歴史を肌で感じることができる谷川寺をご紹介します。

『民衆救済の願いを今に伝える寺』

■北部九州最古級の薬師如来を祭る谷川寺

  福岡県八女市を流れる矢部川の南岸、立花町の小高い丘陵上に鎮座している谷川寺。このお寺は、728(神亀5)年に高僧・行基が奈良時代の第45代天皇、聖武天皇の勅令を受けて開いたと伝えられています。この頃の日本は、天然痘や飢饉(ききん)の大流行や大地震などの自然災害、さらに朝廷内での権力争いの激化なども起こり、不安定な情勢でした。そうした動乱の時代に、人々の病や不安を救うために建立されたのが寺院であり、谷川寺もまた民衆の安寧や救済を願い、建てられました。

 谷川寺に祭られている本尊は、薬師如来立像で、病を癒やすことだけではなく、現世のさまざまな苦しみや災いから人々を救ってくれる存在として多くの信仰を集めてきました。高さ96.5cmのこの立像は、1本のカヤの木から掘り出された一木造りで、左手に病を治す薬を表す薬つぼを持ち、右手は手のひらを正面に向け、ハスの花の上に直立する姿をしています。また、制作時期は平安時代前期とされ、北部九州に現存する薬師如来立像の中でも特に古い立像としても評価されています。

「八女市提供」

 立像の両脇には、月の光を象徴し、優しい慈しみの心で煩悩を浄化するとされる「月光菩薩(がっこうぼさつ)」と、太陽の光を象徴し、病気や苦しみを癒やす力を持つとされる「日光菩薩」の2体の菩薩が控えています。これら立像は、普段目にすることはできませんが、年に数回の大祭の際に、その穏やかな尊顔を拝することができます。

■時代を超えて立ち続ける守護像

 谷川寺の入り口に構える、世俗の世界と寺院の領域を分ける役割を持つ山門には、口を大きく開いた阿形(あぎょう)と、口を固く結んだ吽形(うんぎょう)の2体一対の木造金剛力士像(仁王像)が安置されています。金剛力士は、仏を外敵や厄災から守る守護神的役割を持ち、上半身裸で筋肉が盛り上がったその姿は非常に力強く、あしきものを退ける存在であることも象徴しています。高さ2m、重さ200kgを超える堂々としたその像容は、訪れる人に強い印象を与えています。

 これら金剛力士像は、かつて行基が728(神亀5)年に谷川寺とともに作ったものと考えられていましたが、2006(平成18)年の修復の際に鎌倉時代に制作された仏像であることが判明。制作者の特定まで至ることはありませんでしたが、鎌倉時代の戦乱に巻き込まれ、長年の雨風にさらされた金剛力士像は、修復によってその力強い姿がよみがえりました。合わせて山門も修復され、現在の姿へと受け継がれています。

 谷川寺の薬師如来立像は福岡県指定文化財に、金剛力士像は八女市指定文化財に選ばれています。しかしこれらは単なる文化財としてだけではなく、地域の人々の暮らしと深く結びついた存在です。特に金剛力士像は、地元では親しみを込めて「谷川寺の仁王さん」と呼ばれ、古くから厄災よけや無病息災を願う対象として信仰されてきました。谷川寺は当館から車で10分の場所に位置しています。時代を超えてこの地を見守り、人々の安心と信仰を支え続けている2体の金剛力士像と薬師如来立像をぜひご参拝してみてください。

■次回予告

 次回は黒木の大藤を植えた人物、良成親王が眠る墓所についてご紹介します。

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