第50回― 池のほとりに建つ麻生神社


横町町家交流館のある八女福島地区は、江戸時代からの白壁の町並みが残る「伝統的建造物群保存地区」です。この地区から東に約20キロ離れた星野村には、豊かな自然と歴史ある信仰文化が息づいています。中でも麻生池のほとりにある「麻生神社」は、地域の人々から長年親しまれてきた神社です。福岡県指定無形民俗文化財「風流・はんや舞」が奉納されることでも知られ、星野村の歴史や文化を今に伝えています。
今回は麻生池と共に受け継がれてきた麻生神社の魅力や歴史をご紹介します。
『湖畔にたたずむ祈りの社』 ■800年以上水の恵みをもたらし続け麻生神社は、標高約300メートルの山中にある麻生池のほとりに鎮座しています。周囲約700メートルの麻生池は、古くから霊地として信仰され、雨乞いや豊作祈願など、水にまつわる祭りが行われてきました。豊かな湧き水に恵まれ、干ばつの際も水が枯れたことがないと伝えられており、地域の暮らしを支える貴重な存在でした。
神社の創建は1218(建保6)年、星野氏の祖である星野胤実(たねざね)がこの地を治めていた頃、阿蘇神社の主祭神である健磐龍命(タケイワタツノミコト)をご神体として祭ったと伝えられています。記録では、1773(安永2)年から久留米藩主による雨乞い祈願が何度も行われ、地域の人々の厚い信仰を集めてきました。
毎年秋になると、800年以上の歴史を持つ「風流・はんや舞」が奉納されます。この舞は、雨乞いなどの水にまつわる祭礼に、平安時代に生まれた公家文化の流れをくむ舞が取り入れられ始まったとされ、中世の芸能文化を今に伝える貴重な伝統です。地域の人々が協力して継承し続けており、星野村の誇りとして大切に守られています。
■麻生池と共に受け継がれる信仰と伝統
麻生池のほとりに立つ麻生神社へ足を運ぶと、境内の入り口には1854(嘉永7)年建立の鳥居に迎えられます。鳥居の裏には向かい合う2体のこま犬が隠れており、神社を守っています。境内に入ると、正面に拝殿、向かって左手に手水舎(ちょうずや)、その手前には鮮やかな赤塗りの建物に「風流・はんや舞」が披露されるステージが備えられた神楽殿があり、毎年秋になると、一目見ようと大勢の人がこの神楽殿を囲みます。

神楽殿の左手を抜け、麻生池にかかる橋を渡ると池の中心に鎮座する中島弁財天社にたどり着きます。社殿は大きなかやぶき屋根が特長で、度重なる台風にもほとんど影響を受けたことがないといいます。御祭神は、宗像三女神の一柱、市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)です。
星野村にはこの社にまつわるとある伝説が残されています。かつて長く水不足が起こるたび、村人たちは麻生池に雨乞い祈願をし、神様の恵みを受けていました。ある日一人の農民が、神様に日頃のお礼を伝えたいと考えました。そこで神様に会うため、麻生池のほとりに立ち、一心に祈りをささげました。すると一匹の白蛇が現れ、それを見た農民は神様の使いだと信じ、熱心に祈りを続けました。いつの間にか雨が降り始め、美しい女性が立っていました。この女性こそが麻生池の神様である弁財天でした。この話を聞いた村人たちが建てた社が中島弁財天社と伝えられています。

麻生神社は当館から車で30分ほどの場所に位置しています。湖畔の静かな自然に包まれた麻生神社は、長い歴史の中で育まれた信仰と伝統を今に伝える場所です。麻生池の美しい景観と共に、星野村の人々が守り続けてきた文化に思いをはせてみてはいかがでしょうか。
■次回予告次回は土橋八幡宮で江戸時代から続く神幸行事についてご紹介します。





