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第40回― 九州で最古の八女手すき和紙

400年前から暮らしや文化に根付く――

 横町町家交流館のある八女福島地区は、江戸時代からの白壁の町並みが残る「伝統的建造物群保存地区」です。この地区には「八女福島仏壇」や「八女提灯(ちょうちん)」など多くの伝統工芸品が受け継がれています。その中で八女の自然と職人たちの技によって生み出された工芸品が「八女手すき和紙」です。少なくとも400年以上も前から人々の暮らしや文化を支えています。

 今回は九州で最も古い歴史を持つといわれる「八女手すき和紙」についてご紹介します。

『自然の恵みと職人の技が織りなす魅力』

■八女和紙の歴史

  八女市を中心とする筑後地方では今から400年以上前から和紙づくりが盛んに行われてきました。和紙づくりに欠かせない清らかな水をもたらす1級河川の矢部川や原料となるコウゾやカジの栽培に適した環境など、筑後地方ならではの自然がその技術を育んできました。しかしとある伝承によると、その起源は現在から1200年以上も前にさかのぼるといわれています。

 記録によると、奈良時代に当たる738(天平10)年に、八女を含む当時の筑後国から奈良の東大寺にある天皇の宝物倉庫である正倉院に進上された、税収の帳簿である正税帳が現存していました。このことから、筑後国では和紙が作られていたことが分かります。その後、矢部川流域を中心に紙すきの技術が広まっていったのではないかと考えられています。

 その後一度何らかの理由で、手すきの技術は後退してしまいますが、1592~1596年(文禄年間)に日蓮(にちれん)宗の僧侶で、越前(現福井県)出身の日源上人(にちげんしょうにん)が全国行脚中に八女に寄った際、越前に伝わる手すきの技術を伝え、「八女手すき和紙」の歴史が始まったとされています。

 明治の末期から昭和初期にかけて、和紙の品質が高く評価され、生産を拡大。製紙戸数は1700戸と、全盛を誇りました。しかしその後機械の普及によって需要は減少します。それでも職人たちは受け継がれてきた伝統の技を守り続け、現在は照明やインテリア、雑貨などにも活用され、新しい形が生み出されています。

■職人の手作業が支える和紙の美しさ

  「八女手すき和紙」の魅力は、職人による丁寧な手作業にあります。主な原料のコウゾやカジの長い繊維を生かして丈夫で美しい紙を作り上げます。手すきならではの温かみのある風合いや柔らかな質感は、機械で作られた紙にはない魅力です。和紙づくりの工程は以下の大きく六つに分けられます。

「八女伝統工芸館提供」

 ・原料づくり:コウゾやカジを蒸して皮を剥いだ後、繊維を取り出す

 ・煮熟、漂白:繊維を煮て柔らかくし、白く美しい状態に整える

 ・ちり取り:繊維の中に残る不純物を手作業で取り除く

 ・かご打ち:棒でたたき、固くなった繊維をほぐす(八女ではコウゾをカゴと呼ぶため、この工程はかご打ちと呼ばれている)

 ・紙すき:すけたを使って繊維を均一にすき上げる

 ・乾燥:板に貼り付けて乾燥させ、仕上げを行う

 1972(昭和47)年には福岡県の無形文化財に指定された「八女手すき和紙」。八女市内では今も職人たちが手すきの技術を守り続けています。当館から徒歩で5分ほどに位置する伝統工芸館に併設された八女手すき和紙資料館では、和紙製品を手に取ることができ、そのぬくもりや美しさを身近に感じることができます。また、同館では手すき和紙体験ができ、和紙を用いたはがきやしおり、うちわなどを作ることができます。ぜひ長年蓄積された匠(たくみ)の技を体感してみてはいかがでしょうか。

■次回予告

 次回は日本三大絣(かすり)の一つ久留米絣についてご紹介します。

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