第53回― 明治時代から続く旭座人形芝居


横町町家交流館のある八女福島地区は、江戸時代からの白壁の町並みが残る「伝統的建造物群保存地区」です。この地区から20キロほど離れた緑豊かな山々と茶畑が広がる黒木町笠原地区に、明治時代から受け継がれてきた伝統芸能「旭座人形芝居」があります。祝いの席の余興から始まったとされるこの人形浄瑠璃は、現在では福岡県無形民俗文化財に指定され、地域の誇りとして大切に受け継がれています。
今回は住民と子どもたちによって継承されている八女の伝統芸能「旭座人形芝居」をご紹介します。
『祝いの席で始まった伝統芸能』 ■3人で一体の人形に命を吹き込む
旭座人形芝居は、1872(明治5)年頃に黒木町笠原地区の鰐八集落で始まったと伝えられています。祝いの席でたまたま同席していた浄瑠璃の名人が、ひょうたんやとっくりを人形に見立てて操ったことが起源とされ、その後本格的な人形や舞台が整えられました。やがて熊本県の山鹿や大分県の日田、福岡県の朝倉から人形の首を譲り受け、芸題を増やして上演を重ねるようになりました。農閑期には八女茶のPRも兼ねて県内各地で公演を行うなど、多くの人々に親しまれてきました。
この芝居は、物語を語る「浄瑠璃」と旋律を奏でる「三味線」、そして人形を操る「人形遣い」の三役によって演じられます。特に人形は一体を3人で操る文楽様式が特徴で、胴体と右手を操る「主遣い」、左手を操る「左遣い」、足を操る「足遣い」が息を合わせることでまるで人形に命が吹き込まれたかのような豊かな表情や動きを生み出します。迫力のある場面の中にも細部に宿る繊細な所作が、観客を物語の世界へ引き込みます。

また、1907(明治40)年には、旭日(きょくじつ)にオオタカを描いた引き幕が寄贈されたことをきっかけに、それまでの「鰐八座」から「旭座」と呼ばれるようになりました。150年以上続く歴史の中で二度の大戦や過疎化による存続の危機もありましたが、地域住民の努力によって伝統は今も守られ続けています。
■世代を超えて受け継ぐ文化財1955(昭和30)年には、文化的価値が高く評価され、当時の福岡県無形文化財の指定を受け、その後現在の福岡県無形民俗文化財として継承されています。今でも旭座人形芝居保存会を中心に活動が行われ、多くの人形の頭や衣装、道具類が大切に保存されています。さらに、地域の未来を担う子どもたちによる継承活動も盛んです。黒木小学校の人形浄瑠璃クラブでは、児童たちが浄瑠璃や人形遣いの練習に励み、保存会とともに芝居に出演しています。世代を超えて受け継がれる姿は、地域の絆の強さを感じさせます。

現在は1999(平成11)年に完成した旭座人形芝居会館で1月20日と7月15日、11月3日の年3回の公演が行われています。舟底形の舞台や専用の大道具などを備えた会館で披露される芝居は、臨場感を生み出し、多くの来場者を魅了しています。
当館から旭座人形芝居会館までは車で約20分。周辺には美しい棚田や茶畑が広がり、四季折々の自然も楽しめます。来月3日(火・祝)の定期公演では、旭座人形芝居保存会と黒木小学校人形浄瑠璃クラブがそれぞれ公演を行います。語りと三味線、人形遣いが一体となって織りなす舞台をぜひ感じてみてはいかがでしょうか。
■次回予告次回は南北朝時代の歴史を今に語り継ぐ五條氏邸についてご紹介します。





